日本ワインコラム | 長野 テール・ド・シエル vol.2
約3年ぶり、2度目の来訪となった。 奥行きのあるパノラマの景色、優しく吹き抜ける風、ふかふかの土…何度も立ち止まって深呼吸したくなる場所だ。前回訪問時に味わった感動は全く色褪せることなく、むしろより色濃くなって溢れ出す。何度来ても、「気持ちいい…」という言葉が口に出る、心地の良い空間に佇むのが、テール・ド・シエルの畑と醸造所だ。

ブドウ栽培、ワイン醸造への真摯な姿勢はそのままに(テール・ド・シエルの成り立ちやワイン造りの考え方についてはVol.1へ)。その上で、3年という月日を経て得た新たな気付きについて、栽培と醸造の責任者を務める桒原さんに色々伺った。

畑は広がっても、きめ細やかな管理を徹底する
元々雑木林だったところを2015年に開墾し始め、10年が経過した。畑は4haまで広がったが、来年は更に60-70a広げ、5ha弱となる見込みだ。開墾する際に気を付けたのは、山を削ることなく、元々の地形をそのまま残すこと。その結果、テール・ド・シエルの畑は色んな方向を向いた様々な角度の斜面となっている。美しい景色が広がるが、急な斜面が多いため機械化は難しく、手作業中心とならざるを得ないし、一枚畑に比べると畑の管理に時間を要するので、栽培者にかかる負荷は大きい。

お邪魔した際、1回目の芽かき作業が終わり、誘引を行っているところだった。広い畑なので、1回の芽かきで2-3週間要するという。今年はミノムシが大量発生したそう。ブドウの新芽や葉を食害するのでやっかいな存在だ。これまでに500匹捕殺したとのことだが(驚愕!)、ブドウの収量に影響が出ないよう、1度目の芽かきは慎重に行い、2度目で収量調整を行う予定だという。自然相手の畑で、殺虫剤の使用も極限まで減らしているからこそ、細かい畑の観察とこまめな対策が不可欠なのだ。また、畑では除草剤も使用しないので、草刈りも一仕事。一巡したと思ったら、最初の畑の草は伸びているとのこと。骨の折れる作業を地道に繰り返されているのだ。


流石にこの広さを一人で管理しきれないので、地元のシルバーさんに助けてもらっているとのこと。「社長が10年前から地域と繋がってきてくれたからこそ、『今度○○△△という作業をする予定で…』と言えば、周りの皆さんが色々と手伝ってくれている。本当に有難い」と、桒原さんの義父であり、テール・ド・シエルの社長でもある池田さんと、サポートしてくれている地域の皆さんへの感謝の気持ちを述べられた。サポートが入るとは言え、「手が回らなくなるのも怖い」とも仰る。真摯に畑に向き合っているからこその、誠実な言葉だ。

相性の良さが分かってきた
現在、畑には、
・ 黒ブドウ:ピノ・ノワール、メルロ、カベルネ・フラン、シラー
・ 白ブドウ:ソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネ、ピノ・グリ、リースリング、シュナン・ブラン、サヴァニャン
が植わっている。実際に栽培を続けていく中で、相性が良い品種が分かってきたそうだ。
桒原さんが手応えを感じているのは、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・ノワール、シラーだ。一番ポテンシャルの高さを感じているのは、最初に植えたソーヴィニヨン・ブラン(ソーヴィニヨン・ブランを植え始めた際のストーリーについては、こちらから)。来年以降増やす畑では、ソーヴィニヨン・ブランを2500本、ピノ・ノワールを500本植える予定だ。シラーは植え始めて7年が経とうとする中、自信を深めている品種だ。近隣のワイナリーで栽培に苦労しているという話を聞いていたので、おっかなびっくりで栽培を始めた。実際、4年目までは実が付かず不安に思っていたが、昨年くらいから安定した品質の果実が収穫されるようになったので、今後栽培本数を増やしていくとのこと。当初は他の黒ブドウとブレンドして仕上げていたが、2023年からは単独で仕込むスタイルに変更。因みに2023年は全除梗、2024年は全房で仕上げたそうで、味わいを比べて2025年以降の梗の割合を決めていくとのこと。冷涼なスタイルのシラーには、遺伝子的に近い関係にあるピノ・ノワールに通じるエレガントさがあると評されることも多い。標高の高い冷涼な環境で栽培している桒原さんのシラーが、今後どう進化していくのか、楽しみで仕方ない。


一方、難しさを感じている品種もある—リースリングとサヴァニャンだ。特に、サヴァニャンは花ぶるいが起こったり、実の付きが悪かったり、病気にかかりやすかったり…一筋縄ではいかない。「長野県でも南方の温暖な環境の方が合っているのかもしれない」、と桒原さんは分析する。黒ブドウのメルロについても、色付きが芳しくないものもあり、カベルネ・フランに植え替えつつあるようだ。色んな方向を向いた様々な角度の斜面に畑があるということは、それだけマイクロクライメイトが異なるということ。やはり、実際に植えてみないと、栽培環境との相性は分からないのだろう。
気候変動を感じる
テール・ド・シエルの畑は標高920-940mに位置しており、日本一の標高の高さを誇る。冷涼な環境で、昼夜の寒暖差も大きい。しかし、2024年はこの環境であっても夜温がなかなか下がらず、苦労したそうだ。この場所を購入する際、あまりにも標高が高いのでブドウ栽培には適さないと県から反対があった場所だとは思えないほどの気温の変化だ。2025年については、6月時点では朝晩は寒いくらいに冷え込みがあり、ゆっくりとしたブドウの成熟が期待できているが、今後は神のみぞ知る世界である。

前回訪問時、昼夜の寒暖差の影響で近くの沢から霧が発生し、シャルドネに貴腐が付きやすい環境にあると聞いていた(詳細はこちら)。しかし、気候変動の影響もあり、2022年以降は秋も暑い日が続くようになり、貴腐が付かなくなったそうだ。「貴腐は付いていないが、自分としては味わいに満足している」、と桒原さん。ブドウ樹の年数も上がり、果実も健全にしっかり熟しているからこそのコメントだろう。厳しい気候が続く中、心強い言葉である。
ワインの質を高めるために
この10年で畑を拡張し、整備を進めてきた。今後も話があれば、畑を増やしたい気持ちはあるが、来年の拡張で、一区切りだとも感じている。一方、畑を拡充した結果、収量も増えてきた。自社畑のブドウに加え、高山村や小諸市で栽培されたブドウを買ってワインを仕込む他、8軒の委託醸造も請け負っている。醸造所はフル稼働で、若干キャパオーバー気味になってきている。

「今後はワイナリーを拡張したい。例えば、もっと熟成させるスペースを増やしたり、開放型のタンクを導入したり…そうすれば、色んなタイプのワインが造れるし、ワインの質も上がる」、と期待感を込めて桒原さんは話してくれた。ワインを造る上で大事なのは、畑で質のいいブドウを栽培することという考えに変化はない。
醸造についても、人為的介入は限定的。ブドウを搾って、発酵させ、熟成させるという工程を見守るという姿勢も変わらない。だけど、発酵する容器を変えてみたり、熟成樽に変化を加えたりすることで、造り出すワインの幅は広がるし、質を高めることができる。そこに狙いを定めているのだ。それに、物理的にブドウの量が多くなるので、その分追加のスペースも必要になる。


穏やかな語り口で、周りへの感謝の気持ちも忘れない。こちらの些細な質問にも真摯に答えて下さり、難しいと感じていることも包み隠さずに話してくれる。栽培がうまくいっていても、「実は最初は怖かった…」と胸の内も吐露される。謙虚な方だなぁという印象と、自然に対する畏敬の念みたいなものも感じだ。だからだろうか、桒原さんの造るワインは、その人柄がにじみ出たようなエレガンスや優しさが感じられるのだ。

~番外編:Nukaji Wine Houseへ~
テール・ド・シエルでは、畑は一般公開しているが、醸造設備のあるワイナリーの見学は不可となっている。でも、ご安心を!ワイナリーから車で数分の場所に、池田さんが切り盛りされる「Nukaji Wine House(糠地ワインハウス)」があり、自社ワインや委託醸造を受けているワインの試飲や購入が可能なのだ。


レストランだった平屋を改装して造られた素敵な古民家で、執務室や会議室、テラスなどがある宿泊施設でもあり、完全予約制で1日1組、1グループ限定で泊まれるのだ。テラスにはBBQセットもあるので、外の景色に癒されながらワイン片手にお腹を満たすという楽しみ方も。


前回お邪魔した際に、「ここに泊まりたい」と話していたにも関わらず、予約を忘れていた我々(大バカ者!)。次回訪問時には、必ずやこちらで一泊させて頂きたい!!!

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