2023.11.30 更新

北海道・ 余市 豊丘西尾ヴィンヤード

北海道・ 余市 豊丘西尾ヴィンヤード

豊丘西尾ヴィンヤード

代表 西尾 久 氏

ヴァラエタルの白ワイン造りを目指して、超人・西尾さんはひた走る!


日本ワインコラム | 北海道・余市 豊丘西尾ヴィンヤード

2021年1月に余市町に農地を取得し新規就農された、豊丘西尾ヴィンヤードの西尾さんに会いにやってきた。Google Mapで場所を検索し目指したのだが、最後に曲がる場所を何度も間違い、右往左往。西尾さんに電話して、なんとか辿り着くことができた(我々が勝手に迷っただけで、そんなに難しい場所ではないので、ご安心を!)。優しい微笑みで迎え入れて下さった西尾さん。我々が迷っている様子を遠目にご覧になっていたそうで、お恥ずかしい限りだ…

無事に到着して一安心! ▲ 無事に到着して一安心!

ワインにハマる

埼玉県ご出身の西尾さん。大学卒業後大手製薬会社に入社、全国各地にある支店で30年近く営業として勤務されてきた。そんな中、25年前に在籍した名古屋支店でワインに目覚めたそう。色んなタイプのワインを飲むようになると共に、ワイン本も読み始める。日本語になっているワイン本はほぼ読破したとのこと!今も読むのはワインの本ばかり。ワインが好きになったからといって、仕事をしつつ、ここまで貪欲に知識を身に付ける人はそうはいないだろう。沼にはまるとは、正にこのことだ。

畑の一角にある木陰に陣取り、収穫籠を裏返した椅子に座ってお話を聞いた。風を感じて気持ちいい。 ▲ 畑の一角にある木陰に陣取り、収穫籠を裏返した椅子に座ってお話を聞いた。風を感じて気持ちいい。

本を読めば読むほど、気付いたことがある。ワイン造りとは、即ちブドウ栽培であると。よいブドウを育てられれば、醸造の過程でテクニックを駆使する必要はない。自分もいいブドウを育てたい。そして、自分が思い描くワインを造りたい…。サラリーマンをしながら、抑えられない気持ちが溢れてきた。

マラソンとの出会い~50歳でもまだまだイケル~

ワインに並行して、サラリーマン時代に出会ったものがある。マラソンだ。40歳頃、本格的にゴルフに打ち込もうと思い、足腰を鍛えるためにマラソンを始めたら、マラソンにハマってしまったそうだ。好きになったらとことん突き詰める西尾さん。北海道のフルマラソンは10回以上、サロマ湖の100キロウルトラマラソンは2回完走したそうだ(う、嘘でしょ… )!しかも100キロマラソンは13時間以内に走り切ることが求められるそうで、西尾さんは12時間ちょっとで完走。100キロマラソンって、サライの音楽を聴きながら感動のフィナーレを迎える24時間テレビの中でしか聞いたことがない。24時間の半分の時間で完走してしまうなんて…超人サラリーマンだ。趣味の域を越えていませんか?

第38回サロマ湖100kmウルトラマラソン公式サイトより。湖の周りなので景色は良さそうだが、車でのんびり周りたい距離だ… ▲ 第38回サロマ湖100kmウルトラマラソン公式サイトより。湖の周りなので景色は良さそうだが、車でのんびり周りたい距離だ…

「100キロマラソンをやると、体力的にこれを上回ることって世の中にないと思えるんです」

そりゃそうでしょう…レベルが違う話に圧倒されてしまう。超人だからこそできることなのかもしれないが、この経験が西尾さんにとっての転機となる。

「今考えると、小さいころから生き物を育てたりするのが好きで、自分で何かを作る農家になりたいという夢はあった。また、マラソンに関しては、膝を悪くするし、辛いだけだし、変わった人がするものだと思っていた」と笑った西尾さん。しかし100キロマラソンを完走すると、「そうでもないぞ」と気付いてしまったのだ。また、マラソンを始めてから良質のたんぱく源を摂取しようと考え、苦手だった納豆が食べられるようにもなった。嫌いだと思い込んでいたものも、意外にそうではない。

「歳をとっても、意外と何でもできるじゃん」

そう気付いたのだ。

手作りのポストが可愛らしい。マラソンを始めるまで、ブドウ栽培をしているご自身を想像していなかったに違いない。 ▲ 手作りのポストが可愛らしい。マラソンを始めるまで、ブドウ栽培をしているご自身を想像していなかったに違いない。

「ワインの道に進みたい」と家族に切り出したのは、娘さんが小学校4年生の時。子育て真っただ中だったこともあり、そのタイミングでの就農は諦めたそうだが、将来に向けて週末を就農に向けた準備に使うことにOKは出た。寛大な奥様である。そして、娘さんが大学生になったタイミング、西尾さんが50歳を過ぎてからの就農となるのだ。

準備してきたからこそ適った就農

西尾さんが会社を辞めたのは2020年12月、そして現在の畑を取得し就農したのは翌月の2021年1月。しかも就農3年目となる2023年5月には、ご自身が育てたブドウでワインの発売までやってのけている。一般的に、就農からワイン発売まで5年はかかると言われている中、すごいスピード感だ。

▲ 上空から見た畑の様子。取材時は曇り空だったが、南南西向きの畑は陽当たりがよい。

指をくわえて待っていても就農はできない。西尾さんは会社員として働きながら、小樽のワイナリーで3年間の研修を重ねてきた。研修を続ける中、現在の畑の持ち主だった農家から、研修先のワイナリーに農地を売りたいという話があったそうで、ワイナリーから西尾さんに声がかかり、晴れて農地取得となったのだ。通常、余市町で農地を取得するには2年間の実地研修が必要となる。会社員を続けながらではあるが、小樽のワイナリーで3年間研修を重ねてきた実績が認められ、西尾さんは退職と同時に農地を取得できたのだ。

色々と事前準備をしていたからこそ、巡ってきたチャンスを逃さずに手に入れられた畑。畑の中も色々と紹介してくれました! ▲ 色々と事前準備をしていたからこそ、巡ってきたチャンスを逃さずに手に入れられた畑。畑の中も色々と紹介してくれました!

人は1か0かで考えがちだが、1と0の間には無数の数が並んでいて、その間にできることは山のようにある。西尾さんは0から1の間の準備をしっかりしていたからこそ、会社員と就農の間のタイムロスをなくすことができ、経済的にも負担が少ない形で就農することができたのだ。

畑を徐々に改造中

2.2haの広さの畑は、標高50-60mの高さにある南南西向きの緩斜面だ。元々はサクランボやリンゴが植わっていた場所で、2000年頃に前の農家さんが一部をブドウに植え替えを行い、西尾さんが購入した際にはナイアガラ、ツヴァイゲルトレーベ、ケルナーが植わっていた。

元々畑にあった古木のツヴァイゲルトレーベ。立派で風格を感じる。
▲ 元々畑にあった古木のツヴァイゲルトレーベ。立派で風格を感じる。

畑購入後、スズメバチの被害があり、ケルナーがほとんど収穫できない年もあった。樹齢20年近いブドウ木は、そろそろ植え替えの時期を迎えるタイミングでもあったので、ある意味いい機会。現在、植替え中だ。
ワイン醸造に向いているとされるヴィニフェラ種にこだわるため、ラブルスカ種のナイアガラは他品種への改植のほか、全てを販売に回した。その他にも、ツヴァイゲルトレーベの一部と草地となっていたサクランボの跡地も植え替えを行っている。2022年にソーヴィニヨン・ブランとシャルドネを、2023年にソーヴィニヨン・ブランとピノ・グリを植えた。その数、白3種類で2000本!

たわわに実ったツヴァイゲルトレーベ(左)とケルナー(右)。見るからに美味しそうだ。
▲ たわわに実ったツヴァイゲルトレーベ(左)とケルナー(右)。見るからに美味しそうだ。

実際に植えてみると、シャルドネとピノ・グリの成長が良いことに気付いた。シャルドネは2年目で果実が付いた程で、4年目には白ワイン品種合計で1トンくらいの収穫ができるのではないかと見込んでいるそうだ。

「同じ北海道でも、空知といった他の地域に比べて、余市は暖かく、この暖かさがブドウの成長の助けになっている」

と語ってくれた。

植え替えは現在も進行中。古木が多いので、年間5-10本は今後も植え替えが必要とのこと。また、元々植わっていたブドウ木は南南西斜面の畑で東西畝に植えられているが、南北畝に変えて、ブドウ木に万遍なく、最大限の日照量を得られるようにしたいと仰る。畑の改造は、まだまだ続くのだ。しかし、農作業は基本的に一人。植え替えをしながらの2ha以上の畑の草刈り作業に心が折れそうになるが、100kmマラソンを経験したこともあり、「嫌いじゃない」と言い切る。さすが超人である。

農機具を入れる小屋は、廃材を利用してDIYで建てたそう。写真右の西尾さんの後ろに写る小屋も手作り。何でもできてしまう!
▲ 農機具を入れる小屋は、廃材を利用してDIYで建てたそう。写真右の西尾さんの後ろに写る小屋も手作り。何でもできてしまう!

今は、近隣のブドウ農家やワイナリーの先輩達からも教えを乞いつつ、ブドウ栽培に向き合う日々だ。美味しいワインは、ちゃんとしたブドウがあってこそという考えは変わらない。いきなり有機栽培はハードルが高いと考え、まずは慣行農法を用いつつ、健全なブドウ栽培を心が得ているが、今後、経験を積んでから有機栽培にトライすることも視野に入っている。いずれにしても、健全なブドウを収穫することが第一だ。

将来的にはヴァラエタルの白ワインを造りたい

白品種に積極的に植え替えている西尾さん。白ワインが好きだからというシンプルな理由を教えてくれた。余市町はピノ・ノワールやツヴァイゲルトレーベといった赤ワインも人気だが、昔飲んだ北海道・岩見沢の白ワインに感動したこともあり、やっぱり北海道で造られる白ワインが美味しいと感じるそう。将来的には、酸味や旨味を感じるキレイな味わいで、品種特性が分かるヴァラエタル(単一品種)の白ワインを中心に造りたいと夢を語ってくれた。

植え替えが進む畑の様子。順調に育っている様子にワクワクする。
▲ 植え替えが進む畑の様子。順調に育っている様子にワクワクする。

ヴァラエタルの白ワインができるのはもう少し先とはなるが、やはり西尾さんは準備の人である。今収穫しているのは、ツヴァイゲルトレーベ9割、ケルナー1割と黒ブドウ主体。通常であれば、赤ワインメインとなることが想像されるが、白ワイン醸造手法を用いて造られるロゼワインを積極的に造っておられるのだ。因みに、ロゼワインにはツヴァイゲルトレーベにケルナーが混醸されている。先を見据えて常に一歩手を打っておく。こういう姿勢を見習いたい…

例えば、シャルドについては、ゆくゆくは500L級の大きい古樽で発酵・熟成させて造りたいと夢を語ってくれた。白のヴァラエタルが市場に出回るのもそんなに先ではなさそうだ。
▲ 例えば、シャルドについては、ゆくゆくは500L級の大きい古樽で発酵・熟成させて造りたいと夢を語ってくれた。白のヴァラエタルが市場に出回るのもそんなに先ではなさそうだ。

シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・グリを選んだのは、国際品種で樽との相性が良いから。ツヴァイゲルトレーベもケルナーも美味しいが、世界的な認知度はそこまで高くない。50歳からスタートしたワイン造りだからこそ、できるだけ早く満足できるワインを多くのお客様に届けたい。そういう気持ちが見えてくる。

研修を受けながらの醸造

今のところ、自社ワイナリーはないが、自分の手で醸造する環境は整えておられる。
畑を入手して直ぐの2021年秋から2ヶ月にわたり岩見沢市住み込み、10Rワイナリー(→詳細はこちら)で醸造の研修を受けつつ、自分が育てたブドウを使った委託醸造を行っているのだ。研修は3年間なので、今年も住み込みの醸造研修を受けつつ、自社ブドウを醸造するそうだ。10Rでは、野生酵母を用いた発酵で、瓶詰めの際にごく少量の亜硫酸を添加するだけで、他の添加物は一切なしの醸造スタイル。これも健全なブドウがあるからこそできることだ。因みにロゼは、除梗後しばらく樹脂製タンクで醸し、発酵するかしないかのタイミングで絞ってから古樽で発酵、澱引きせずに瓶詰めを行っている。赤ワインは18ヶ月樽熟成も加えているそう。

研修先であり委託醸造先の10Rワイナリーのブルース氏。 ▲ 研修先であり委託醸造先の10Rワイナリーのブルース氏。

10Rでの研修が終わる2024年以降は、トラクターでブドウを持ち込める程近距離の、余市町のワイナリーで委託醸造することになった。ワイナリーとも好関係を築いており、自分の考える醸造スタイルで醸造が出来そうだとのこと。こちらも楽しみだ。もちろん、いつかは自社のワイナリーも持ちたいが、実際に研修を進める中で、ワイナリー運営をたった一人でやることは難しさもあると感じた。まずは、委託醸造を続け、自分のスタイルを確立させた上で、醸造本数が増えるタイミングで追って検討すればよい。形から入るのではなく、自分が求めることが明確で、それに向けて準備しているからこそできる賢明な選択だ。

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朴訥とした優しい語り口だけど、その行動力は爆発的で刺激的。見た目に騙されてはいけない。西尾さんはかなりのファイターであり、信念の人だ。その優しい風貌から想像できない、燃え滾るマグマが内に潜んでいて、西尾さんを突き動かしているのだ。

お忙しいところ、取材のお時間いただき、ありがとうございました! ▲ お忙しいところ、取材のお時間いただき、ありがとうございました!

準備は十分すぎるほどし尽くした。後は世に打って出るだけ。そういう声で聞こえてくる。販売本数は少ないが、その味わいには自信がある。例えば、ワインの町余市を象徴し、首長として国内屈指のワイン通である余市町の齊藤町長も西尾さんのワインの味わいを気に入ってくれたそうだ。そして、余市町と包括協定を結ぶリーデルジャパンのウォルフガング・アンギャル(Wolfgang Angyal)代表が余市町を訪れた際に、町長自ら西尾さんのワインをPRして下さり、実際に飲んでみた代表もお気に召したとのこと!今のところ販売本数が限られていることもあり、北海道内の酒販店を中心とする販売チャンネルのみとなるが、機会がある方は、ぜひ味わってみてほしい。超人・西尾さんのマグマを感じるに違いない!

Interviewer : 人見  /  Writer : 山本  /  Photographer : 吉永  /  訪問日 : 2023年9月6日

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