長野県内にはワインバレーが4つあるが、ヴォータノワインが所在する塩尻市は長野県のほぼ中央に位置し、日本ワインの先進地と言われる桔梗ヶ原ワインバレーと称されるエリアにある。この地域は日照時間が長く、年間降雨量が少ない。また、ヴォータノワインの畑は標高720m、ワイナリーは770mと標高が高い場所に位置し、昼夜の寒暖差もある。まさに、ワイン用ブドウ栽培に適した場所だ。坪田さんがこの地で畑作りを開始したのが2002年。2007年には委託醸造を始め、そして2012年にワイナリーを開設した。

当時のココ・ファームには、今や日本ワイン界の代表と評される「10Rワイナリー」のブルース・ガットラヴ氏が醸造責任者として、そして「ドメーヌ・タカヒコ」の曽我貴彦氏が栽培責任者として在籍していた。そんな2人からみっちりとブドウ栽培とワイン醸造のイロハを吸収した坪田さん。日本の最高峰の実地教育を受けたと言っても過言ではないだろう。この2人から教えてもらったことは、今でも心に留め、実践しているそうだ。

坪田さんの畑でまず目に入るのは、棚仕立ての一種で、普段あまり見かけないジェネバ・ダブル・カーテン(以下「GDC」)と呼ばれる仕立てだ。ブドウは新梢を空に向けて上に伸ばす習性があるが、この仕立て方では、新梢をカーテンのように垂れ下げて仕立てるのだ。ブドウの樹勢が抑えられるので、樹勢の強いブドウ栽培との相性がよいと言われている。また、GDCで仕立てたブドウは節間(葉と葉の距離)が狭くなり、1房に対する葉の枚数が多くなることから光合成による栄養分が豊富というメリットもある。 ココ・ファームで試験的に取り入れていた曽我さんが、樹勢の強いブドウと相性がよいのではないかと仰ったことがきっかけとなり、この仕立て方を取り入れたそうだ。坪田さんの畑では垣根仕立てで育てるブドウもあるが、樹勢が強い甲斐ブランやシャルドネはGDCとの相性がよいとのこと。


丁度畑を訪れた時は、ブドウの実が付き始めたタイミング。中には「花ぶるい」と呼ばれる、ブドウの開花後短期間で落花し、実が付かない粒が発生する房もあったそうだ。花ぶるいが起こる背景には、開花のタイミングでの低温や降雨、新梢の栄養不足や徒長的成長といった様々な原因が考えられる。多少の花ぶるいであれば、ブドウの粒が密着せず病気になりにくいというメリットもあるが、粒の数が少なすぎると問題だ。バランスが難しい…ここでも、GDCが役立っているそうだ。GDCはブドウの樹勢を抑えるので、新梢が徒長的成長にならず、花ぶるいを抑えられるそうだ。加えて、坪田さんは、ブドウの徒長的成長が穏やかになるよう、最初の花が付き始めたタイミングで摘んでおくといった作業を細かく行う。こういった細かい作業ができるかどうかでブドウの出来が大きく変わると坪田さんは指摘する。つぶさに観察するからこそ、何をしたらブドウが喜ぶのかが分かってくるのだ。


大事に観察し、取り育て上げたブドウ。そのブドウの仕上げ方は、やはり自分が美味しいと思う方法で。ヴォータノワインでは、赤ワインのみならず、白ワインも皮と一緒に醸し発酵を行う。抜栓して暫く置いておくと香りと味わいが時々刻々と変化するのが特徴だ。お客さんの中には、ワインを抜栓し、ご夫婦で少しずつ夜通し香りと味の変化を楽しんだ後、翌朝グラスに残った香りを更に楽しむという方もおられるそうだ。そうしたくなるのも分かる!

以前、ワイン関係者がヴォータノワインのワインを試飲した感想をネットにアップしているのを読んだという。その時に、「○○賞のような記録には残らないが、記憶に残るワインだ」というようなコメントが書いてあり、非常に嬉しかったと仰る。○○賞で受賞するようなワインは、所謂「きれい」なワインで、雑味が少ない仕上がりだ。皮の旨味や風味を余すところなく使う坪田さんのスタイルとは異なる。だから、そもそも賞レースに乗ることを目的としていない。一方で、自分が美味しいと思って丹精込めて造ったワインが、誰かの心に響く。それは非常に嬉しい。

75歳を迎えた坪田さん。25年単位の人生設計を再考しているそうだ。50歳~75歳でやろうと思ったリスタートはできた。20年以上ブドウと向き合って、ブドウが発するメッセージを受け取り会話できるようになってきたと思う反面、ワイン造りは一生かかっても理解できないとも思える。分かってきたという自負とまだまだだという謙虚さが入り混じる感情だ。75歳を過ぎた今、ご自身とご家族の健康や体力も踏まえ、次なるステップが必要と仰る。
畑から山の景色を眺めていた時、「緑と一口に言っても色んな色があるでしょう?だから僕は色んな緑がある新緑の季節が好きなんですよ。紅葉も美しいけど、人生終盤の打ち上げ花火的な要素がある。新緑はこれから感があっていい。」と仰った坪田さんの言葉が忘れられない。きっと、次の25年も新緑のような美しさがあるに違いない。これからの坪田さんの歩みからも目が離せない。
