▲ 畑の右上に見えるのが当時のオフィス
マギル・エステート・ワイナリーは、200年近い歴史を誇るペンフォールズの中でも創業当時から存在する最古のワイナリー。
クリストファー・ローソン・ペンフォールド博士とその妻であるメアリー夫人によって1844年に開業されたペンフォールズは、当初はこのマギル・エステートを拠点に医療用の酒精強化ワイン・スピリッツを製造していましたが、ワインが娯楽になると共に、徐々に非酒精強化ワインの醸造を開始し現在に至ります。
畑の中に建つ、開業当時に使われていたという平屋建てのオフィス・病棟・ラボです。ペンフォールの始まりが医療と共にあったという事を裏付けるように当時の様々な医療器具、実験器具や記録を見ることができる。
開業医として外科医でもあったペンフォールド博士はこの施設で医療を行うとともに、強壮薬としてのアルコールに非常に高い関心を持ち、オフィス・ラボとして様々な研究を行っていたそうです。
1950年頃には当時の醸造長であるマックス・シュワーバー氏がボルドーのグランヴァンを手本にグランジの実験的醸造を開始。この頃に現在も続くペンフォールズの伝統でもあるワインをセラーの番号で管理するBinのナンバリングが始まりました。
現在は、マギルエステートは醸造所としての使用は限定的ですが、当時はマギルエステートを中心にグランジをはじめとする様々なワインを醸造していました。
現在、醸造の多くはより新しいワイナリーで行われるそうですが、マギル・エステートでも一部のバロッサバレー、そしてマギルエステートの葡萄を醸造しているそうです。
▲
様々なサイズの樽が並びます。
▲
ヘレン・ケラーが訪れた際に手で周囲を測ったという大樽。
畑は西向きの緩やかな傾斜の中にあり、病害虫予防の観点から周辺にはラベンダーが畑を囲むように植えられています。樹齢は非常に高く、1970年頃に植えられたものが多いようですが、一部は植替えにより若木が植っており、これらの木から取れる葡萄は基準に満たないためにマギル・エステートのシングルヴィンヤードには使われずにアッサンブラージュに回されます。
1951年に試験的に最初の「グランジ」を醸造。しかし、当初グランジは会社の経営陣からは不評で「長期熟成可能なワインを作る」という彼の構想は却下されてしまいますが、彼は諦めずに秘密裏に地下セラーでグランジの醸造を続けました。
やがて、彼の情熱は身を結び、1960年ごろに熟成ワインに対する決意とその品質がペンフォールズの経営陣を納得させ、その結果経営陣はマックス・シュバートに公式にグランジの生産を再開するように指示します。それ以来、グランジはすぐに国際的な認識と賞を受け取るようになり、中でも1990年ヴィンテージはワイン・スペクテイターに「今年最高の赤ワイン」と評されるに至ります。
▲
グランジのファーストヴィンテージであるBin1 1951が貯蔵された貯蔵庫1
創設から180年を経たペンフォールズは、比類なき傑出したニューワールドワインとして世界中で認められ、名実ともにオーストラリアのトップ・ワイン・カンパニーとして君臨します。しかし、パイオニアとしての歩みを止めず、2002年に歴代4人目となるチーフワインメーカーに就任したピーター・ゲイゴは、匠の技に専念し伝統を受け継ぎつつも、革新的なワインも次々と生み出しています。