2023.03.22 更新

大分・安心院葡萄酒工房

大分・安心院葡萄酒工房

安心院葡萄酒工房

課長 岩下理法 氏

質と量は共存する!次なるステージに挑むワイナリー

 

日本ワインコラム | 安心院葡萄酒工房

大分県北部宇佐市にある安心院(読み:あじむ)葡萄酒工房。早朝、別府から大分道を通って向かったところ、前日から降り続く雨の影響で濃霧の中をひた走ることになった。幻想的とも言えるし、怖いとも言える…聞くところによると、この道路は日本一悪天候による通行止めが多い高速だそう!
しかし一転、安心院葡萄酒工房に着いて暫くすると、お天気は回復。晴れ間まで見せてくれた。さすが瀬戸内式気候の場所。九州の中では雨も少なく、年間1500ミリ程度で、特に4-8月までの雨量が少ないそうだ。

▲ 山に囲まれた自然の中にある、まさに「杜のワイナリー」の安心院葡萄酒工房。
▲ ゲートをくぐると別世界に来たような感覚に包まれる。

今回はこの場所で、安心院葡萄酒工房立ち上げから現在までワイナリー全般の業務を行っておられる岩下さんにお話しをお伺いした。

お父様が命名されたという「理法」という素敵なお名前を持つ岩下さん。「お寺とは何の関係もありません」と仰っておられたが、穏やかで真面目、実直なお人柄にzenを感じずにはいられない。名は体を現すということだろうか。 ▲ お父様が命名されたという「理法」という素敵なお名前を持つ岩下さん。「お寺とは何の関係もありません」と仰っておられたが、穏やかで真面目、実直なお人柄にzenを感じずにはいられない。名は体を現すということだろうか。

勝負に出た!量も質もあきらめない

50年を超えるワイン造りの歴史

宇佐市は、瀬戸内式気候で降雨量が少なく、長い間、農業を行う上で干ばつが問題となっていた。1960年代になると、国による農地開発事業で灌漑設備が導入され、その中で300-400ha程度の生食用ブドウ団地ができる。
安心院町でブドウが収穫できるようになると、安心院葡萄酒工房の母体である三和酒類(株)は1971年にワインの製造免許を取得、ワイン造りをスタートする。三和酒類(株)は日本酒の会社だが、名前を聞いてピンと来る読者もおられるだろう。同社は「下町のナポレオン」こと、「いいちこ」のメーカーだ。いいちこの会社がワイン⁉と驚かれる方も多いとは思うが、驚くのは早い。三和酒類のワイン造りはいいちこ製造よりも歴史が長いのだ!
いいちこ工場がある隣町でのワイン醸造が続いたが、畑に隣接する場所でワイン醸造を行うべく、2001年に現在の場所に安心院葡萄酒工房が設立される。並行して、メルロ、シャルドネ、といったワイン用ブドウ品種を契約農家に栽培してもらった。また、自社の試験圃場での栽培を試行錯誤して続け、ついに2011年には自社農園の下毛圃場での栽培がスタートする。

ワイナリー内では、安心院葡萄酒工房の歴史やワインの製造過程を学べる展示や映像が用意されている。 ▲ ワイナリー内では、安心院葡萄酒工房の歴史やワインの製造過程を学べる展示や映像が用意されている。

ブドウの供給減vsワイン需要拡大

安心院葡萄酒では現在、自社農園、契約農家、JAからの3種類のブドウをほぼ同量使用してワインを製造している。
ワイナリー設立当時はデラウェアとマスカット・ベーリーAの2種類でワインを製造していたが、ここ最近は同品種の入荷量が減ってきている。単価が高いシャインマスカットに栽培を切り替える農家が急増したことや農家の高齢化による廃業といった問題が重なり、ブドウ生産量が減少傾向にあるのだ。一方で同社ワインの人気はうなぎのぼり。引き合いは強いが生産量が追い付かないという状況が続いていた。
ワイナリー設立当初こそ外国産原料も活用していたが、2006年からは、安心院町産ブドウのみを使った高品質ワインの製造に軸足を変えている。原料となるブドウ不足の深刻化。品質を維持向上しながら生産量を増やすためには、自社畑の拡張に踏み切るしかない。大きな勝負に出たのだ。

ワイナリーに隣接する下毛圃場は、安心院葡萄酒工房の中で最も歴史の長い自社畑だ。 ▲ ワイナリーに隣接する下毛圃場は、安心院葡萄酒工房の中で最も歴史の長い自社畑だ。

拡大を続ける自社ブドウ畑

2011年に始まった自社農園。最初は広さ5haの下毛圃場に3.8ha植栽された。次に2018年から2020年にかけて、広さ10haの矢津圃場に5ha植栽。更に、2021年からは広さ15haの大見尾圃場への植え付けが始まった。来年までに7.2ha植栽される予定だと言う。農地面積は、農園開始時から現在までに3倍、2023年には6倍まで増加する(植栽面積は、それぞれ2倍強、4倍強の拡大規模)。

(左と中央)2018年から植栽を始めた矢津圃場。レインガードの着脱だけでかなりの時間と労力を要することから、矢津圃場と大見尾圃場ではレインガードは通年取り付けたままにしているそう。納得せざるを得ない広さだ。 (右)現在植栽を続けている大見尾圃場。矢津圃場も広いと感じたが、大見尾圃場は更に広く、圧巻の景色が広がる。

同社が発行する「“農”のある、ワイン。2022」によると、自社農園生産量を2020年の約35トンから2027年には235トンまで増加させることを目標にしているとある!7倍近い拡大ではないか…驚愕である!
これは生半可な覚悟ではできない方針だ。質と量は共存できる。そういう強い決意が読み取れる。

「“農”のある、ワイン。2022」より。最初に数字を見たときは何かの間違いではないか、と何度か瞬きを繰り返したほどだ。 「“農”のある、ワイン。2022」より。最初に数字を見たときは何かの間違いではないか、と何度か瞬きを繰り返したほどだ。

広大な畑でも管理は怠らない

畑は現在4人+一部作業委託で管理しているという。近々1人増えるそうだが、この人数で9haの畑の管理と農地拡大にかかる作業。『良いワインは、良いぶどうから』。安心院葡萄酒はこう宣言しており、たとえ広大な土地でも管理に気を抜かない。信じられない…皆さんちゃんと寝てらっしゃるのだろうか?

自然環境との共存

冒頭申し上げた通り、宇佐市は瀬戸内式気候で晴れの日が多く、九州の中では降雨量が少ない。台風の被害もないとは言わないが、直撃することはあまりないそうだ。隣町に集中豪雨の被害があったとしても安心院は無害だったことも多いそう。ワイナリーの場所は標高150-200m程度の場所に位置し、山に囲まれた盆地になっていることから、早朝は深い霧が立ち込める。雨の少なさと昼夜の寒暖差の大きさから色付きが良く香りや味わいに複雑味が生まれ、高品質なブドウ栽培が可能となっている。ブドウ栽培に恵まれた場所なのだ。

雨が少ないとは言え、降らない訳ではないので、全てのブドウ木にはレインカットが施されている。温暖で豊富な日照量と雨量があるので、ブドウの樹勢は強い。ワイナリー設立当初、試験圃場ではヨーロッパで主流の垣根栽培を採用した。垣根仕立ての場合、ブドウ栽培作業の機械化が可能という点も魅力的だった。しかし、ブドウの樹勢が強く、枝の育成を止めることが難しかった。垣根仕立てはこの場所には適さない。そう判断し、今は一文字短梢棚仕立てでブドウを育てている。その結果、風通しも良くなり、ブドウの品質は向上。ただ、棚仕立ての場合、作業の機械化はできない。今も全て手作業だそうだ。畑を拡大しても、品質の維持向上の為に手作業を続ける。称賛の念を禁じ得ない。また、圃場の中で傾斜が少ない場所には、畑の下層部分に砕石等を引き詰めて排水をよくする暗渠を施している。拡大中の矢津圃場と大見尾圃場にはレインカットのみならず防風ネットも完備。いざという時の為にも備えが施されている。

▲ 自社農園設立時の名残がある垣根仕立てのブドウの木。
▲ 現在は一文字短梢棚仕立て。木一本のサイズが大きいので、レインカットのサイズも大きい。

岩下さんは控えめに「活用はまだまだこれからですし、まずはデータを貯めているだけ」と仰られたが、圃場毎の気象観測等ブドウ栽培管理のデータ化も進む。新設の圃場には自動の散水設備も完備されており、圃場が拡大しても、データを活用することにより、より効率的な栽培管理が可能な体制作りも進んでいる。

品種を見極める

2011年の自社農園開設時に15品種を植えたが、安心院の気候や土壌との相性をつぶさに観察し続け、ブドウの入れ替えを随時行っている。例えば、晩熟のカベルネ・ソーヴィニヨンは引き抜き、小公子(ヤマブドウの交配種)に植え替えている。赤系品種では最近、ビジュ・ノワールやプティ・ヴェルドを定植。白系品種ではヴィオニエやソーヴィニヨン・ブランを引き抜いたが、優位性を感じるシャルドネとアルバリーニョは全圃場に植えたそうだ。

実験圃場での取り組み

下毛圃場の一角に面白い実験圃場がある。驚いたことに、ブドウ品種の見極めだけでなく、ブドウ品種の開発まで行っているという。温暖化の耐性もあり、オリジナリティのある品種を作りたい。ワイナリーがある宇佐市に自生するヤマブドウ(エビヅル)とシャルドネやメルロ等の既存品種を交配させ、新たな品種を開発するプロジェクトを大分県と共に取り組み、6品種の登録出願を行ったという。交配して得られた数千のブドウの種を選別し、高接ぎ育成。着果した数百の中から栽培性や品質を見極め更に絞り込む。最後、醸造テストを経て6品種に絞り込んだようだ。気の遠くなるほどの時間と労力がかかる品種開発。安心院の地に合う独自品種を使ったワインが飲める日はそう遠くないはず。楽しみだ。

大分県ホームぺ―ジより。どんな味わいになるのか、今から楽しみだ。 大分県ホームぺ―ジより。どんな味わいになるのか、今から楽しみだ。

実験は他にも。安心院葡萄酒が参画している、日本ワインの品質向上・発展を目指して2019年に設立された日本ワインブドウ栽培協会(JVA)の活動の一つに、クリーンな品種・台木を日本に普及させるというものがある。「ウイルスフリー苗木」を輸入するとともに、この「ウイルスフリー苗木」の「母樹」を健全な圃場で育成し、日本に合うかどうか栽培実験を行っているそうだ。安心院葡萄酒は新しい大見尾圃場でこの栽培試験を開始。自社のことだけでなく、ワイン業界全体の為に一肌脱ぐ。格好いい「大人」な振る舞いである。

一つ一つの工程を丁寧に行うからこその味わい

ワイン造りはマニュアル化できない

現在、15品種を使った30アイテムが、年間15-16万本生産されている。

(左・中央)テイスティングルームでは、品種の説明を見ながらワインを愉しめる。 (右)テイスティングルームの隣には、ワインの販売スペースも。テイスティングで気に入ったものを手に入れよう!

温暖な地域なだけあり、デラウェアからスタートする収穫の時期は早く、7月中旬ごろから。収穫時は一房ごとに選果を行い、10kgのコンテナで運ばれる。作業は大変だが、果実が潰れることなく、健康で酸化していないブドウでワインを仕込める。プレス機や発酵を行うステンレスタンクには、窒素が充填される仕組みもあり、ここでも酸化を防ぐ品質管理がなされている。発酵に用いる酵母は20種類!新しいものも随時試されているそうだ。

プレス機やステンレスタンクが並ぶ姿は圧巻。 ▲ プレス機やステンレスタンクが並ぶ姿は圧巻。

樽はフランス、アメリカ、東欧にある十数社のメーカーから年間30-40本程仕入れる。20年前の日本は、樽を選ぶという環境になかった。色々と手に入る時代になったからこそ、ブドウ品種に応じて毎年異なる樽を試しているそうだ。最近は、マスカット・ベーリーAや小公子とアメリカン・オークの相性がいいと感じているそう。
そして、最後の瓶詰め作業。4-5年前に最新の国産充填機に変えた結果、口蓋に何も触れることがなくなったことから品質管理が格段に改善したそうだ。以前のものに比べるとスピードは遅くなったが、能力よりも品質・安心・安全を優先したとのこと。

新しい充填機。ワイナリーを散策する途中に外から見学できる。 ▲ 新しい充填機。ワイナリーを散策する途中に外から見学できる。

一通り、ワインの醸造過程をご説明された後、

「ワインの分析は行うものの、我々は官能を大事にしています。毎年同じものを作ろうという気はないし、その年のベストを作りたい。そう思っているのです。」

と岩下さんは付け加えた。
「例えば、醸しの期間もブドウの状態を見て10日だったり、長ければ1ヶ月だったり。特に赤ワインの場合、いつ搾汁するかは重要な要素でその時々の見極めが大事になってきます。樽使いもブドウの状態を見て新樽比率を上げたり下げたり。同じはないのです。」流れ作業的に造るのではなく、毎年ブドウを観察して必要となる醸造手段を選ぶからこそ官能的なワインに仕上がるのだ。

工程が多い瓶内二次発酵のスパークリングワイン

安心院葡萄酒といえば、瓶内二次発酵のスパークリングワインを思い浮かべられる読者も多いだろう。赤、白、ロゼの3種類の展開があり、年間4万本製造している。日本ワインコンクールで7度も日本一を取り、イギリスの世界最高峰のスパークリングコンペティションでも日本“初”の銀賞を受賞している程だ。その高品質な味わいはどこから生まれるのか?

「スパークリングワインはスティルワインに比べて工程が多いので、一つ一つの工程が大事になってきます。丁寧な作業の積み重ねの上に成り立っているのです。」

岩下さんはそう仰った。派手なことは何もしていない、と。
まず、酸味が維持されたブドウを使うこと。その為、原料となるシャルドネの収穫はスティルワインに比べて2-3週間早く、お盆明けから8月末までの間に収穫する。その他にも、「敢えて言うなら、うちのは、澱が少ないと言われますかね。」岩下さんはボソッと仰った。二次発酵中は圧力がかかり酵母にストレスがかかるが、二次発酵前の清澄をきちんと行うことで、健全な澱になる。だから味わいも安定する。そういう一つ一つの工程を丁寧に取り組むからこその味わいなのだ。

確かに瓶口にある澱の量が少ない! ▲ 確かに瓶口にある澱の量が少ない!

年間4万本を製造するためにはある程度の機械化も必須だ。約2か月かけて行う瓶内二次発酵後、1年以上瓶熟成を行う。その際、毎日少しずつ瓶を回して傾けていき、澱を瓶口に集める「ルミアージュ」という作業がある。これまでピュピートルと呼ばれる木の板を使った手作業のみで行ってきたが、最近は並行してジャイロパレットと呼ばれる機械を導入し、自動化した。また、「デゴルジュマン」と呼ばれる澱抜き作業も自動化したことにより、1時間当たりの対応本数が2-300本から700本に増えたそうだ。手間暇をかけるところはかけ、積極的に設備投資も行う。こうして初めて質と量が両立できるのではないだろうか。

今もピュピートルを使って手作業でルミアージュを行うものもある。 ▲ 今もピュピートルを使って手作業でルミアージュを行うものもある。
ジャイロパレットは自動化できるので、生産量を増やすことができる強い味方だ。 ▲ ジャイロパレットは自動化できるので、生産量を増やすことができる強い味方だ。

──現在、安心院葡萄酒工房で造られるワインの多くは近隣で消費されている。だが、日本全国に広がる安心院のワインを飲みたいというお客様の声に応えたい。その真摯で切実な思いから自社畑の拡充が急ピッチで行われている。質だけでもだめ。量だけでもだめ。質も量も共存する形でお客様の声に応える。これが安心院葡萄酒の出した答えだ。岩下さんに現状の評価を尋ねると、「20点」と仰った。え~、こんなにやっているのに?と文句を言いたくなる。

「安心院葡萄酒工房のコンセプトは『100年ワイナリー』なのです。
2001年にワイナリーをオープンして苗から育てて10年で大まかな品種選定が終わった。次の10年でブドウを育てた。これからの10年で圃場の管理を広げて行う。そこから初めて本物に近づいていくのだろうな、と思うのです。私はいないかもだけど(笑)、その礎になればと。」

と仰る。
続けて、「まだ道半ばだけど、やっていることには満足している。」とも。見ているタイムスパンが長い!人はすぐ見える答えを求めがちだが、答えはすぐ隣に転がっているものではない。答えは育てていくものなのだ。そう諭された気がした。質も量も共存するワイナリーは、必ずできる!そういう声が聞こえてきた。

散歩道としても美しいワイナリー。ここを歩いていればいいアイディアがぽっと浮かんできそうだ。 ▲ 散歩道としても美しいワイナリー。ここを歩いていればいいアイディアがぽっと浮かんできそうだ。
半地下のスペースで展示されているワイングラスの数々。美しい姿にうっとりする。 ▲ 半地下のスペースで展示されているワイングラスの数々。美しい姿にうっとりする。

今回、ワイナリー敷地内を散策しながら、色々とお話をお伺いした。「杜の中のワイナリー」と謳われる通り、深呼吸したくなるような場所だ。ブドウ畑やワイン醸造施設、貯蔵庫等の設備を見学できる他、試飲ショップやワインと食にまつわるイベントスペースまであり、音楽会なども開催されているそう。そして、半地下の建物には美術館のようなスペースまで。お邪魔した際には安心院葡萄酒工房が所蔵する歴史的なワイングラスの数々が展示されていた。様々な樹々とお花がそこかしこに植わっているので、ただ散歩するだけでも楽しい。
是非一度、ワイン片手に四季折々の美しさを体験しに足を運んでもらいたい。

岩下さん、お時間ありがとうございました。大見尾圃場の植え付けが終わった時にまたお伺いしたいです! ▲ 岩下さん、お時間ありがとうございました。大見尾圃場の植え付けが終わった時にまたお伺いしたいです!

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Interviewer : 人見  /  Writer : 山本  /  Photographer : 吉永  /  訪問日 : 2023年3月22日

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