2020.09.08 更新

北海道・千歳 北海道中央葡萄酒

北海道・千歳 北海道中央葡萄酒

北海道中央葡萄酒

三澤 計史 氏

木村農園の葡萄から造られるピノ・ノワール、ケルナーから垣間見られる中央葡萄酒の先見性


日本ワインコラム | 北海道・千歳 北海道中央葡萄酒

「日本のピノじゃないですかね。」

それまで静かな口調で抑制的に語ってきた、三澤計史さんが、ポコポコと湧くように答えてくださったのが「自分をワインに例えると」という質問だった。

「気難しい、とか。派手じゃない。あんまり華やかではない、とか。そこまで評価が高くない、とか。世界的に認められていない、まだ成功とは言えない、とか。」

ちょっと待ってください。もう少し光の当たった言葉はありませんか。

「いや、光と影の感覚というのはあって、昔は自分を売ろう売ろうとしていたのですが、最近はそう感じることもなくなって、コツコツと一歩ずつ歩いて行くことが大事なんだろうなぁと。」

なるほど。なんとなく滲み出る気難しさ。
でも、その気持ちわからなくはありません。

さて、北海道は千歳の地で、日本のピノ的な複雑性を大いに発揮する三澤さん。山梨県を代表するワイナリー「中央葡萄酒株式会社」の経営一族の長男として生まれた彼は、約6年間のアメリカ留学で化学を学んだのち、山梨県より遠く離れた北の地でワイナリー経営に取り組んでいる。

「高校を卒業して、中央葡萄酒に入社して。その後辞めて、アメリカへ留学して、帰ってきたらまた中央葡萄酒に入社して。」

そうしてたどり着いたのが、北海道は千歳ワイナリーだった。
現在、彼が取り仕切る「北海道中央葡萄酒」は30年の歴史を持つ。

1988年、中央葡萄酒の第二支店として設立された「グレイスワイン 千歳ワイナリー」。
今現在は、ピノ・ノワール、ケルナーを使用した高品質なワインが注目されるが、始まりは北海道の特産果樹であるハスカップを原料とした醸造酒の製造だった。

「当時、千歳市の農業自体が転換期にありました。その中で、千歳市のハスカップを広めていくための起爆剤として酒造りが持ち上がった。それがきっかけで、千歳という土地に醸造施設を持つこととなりました。」

JR千歳駅より徒歩10分ほど、市街地の中に構える石造りの巨大な建造物。 醸造施設は、昭和30年代に建設された穀物倉庫を改修して造られた。 札幌軟石を使用した歴史的価値の高い建物、天井を渡る幾重にも組まれた木の梁が荘厳な空気を醸し出す。

「あまり醸造所としてのメリットは感じていませんが。」

ハスカップワインの製造でスタートを切った「千歳ワイナリー」だが、同時に進めていたのが、欧州系の冷涼地域を好む品種でのワイン造りだ。当時、山梨県の中央葡萄酒では冷涼品種の栽培がうまくいっていなかった。

「やはり山梨の圃場では冷涼品種で良い結果を得ることが難しい。しかし、北海道という冷涼地であればそういった品種に挑戦できる。そんな思いがあり、契約農家さんを探していました。特にピノ・ノワールは父(三澤茂計さん)が追う夢でもありました。その中で余市の木村さんとの出会いは1992年です。当時、すでに木村農園ではピノ・ノワールが栽培されており、実績がありました。また、ピノ・ノワールの栽培を受託していただける農家さんも、木村農園だけだったのです。」

余市町登地区、ちょうどキャメルファームに隣接して広がる木村農園は、凝灰質砂岩土壌の緩やかな東向きの斜面上に位置する。1993年から植樹・栽培が始まった「北海道中央葡萄酒」の区画。1.5haからスタートした栽培面積は、現在2.0haになった。

「白葡萄にはリースリングを考えていましたが、北海道では11月までに成熟しないと、木村さんの指摘がありました。生産量をとれる代替として、交配品種のケルナー、ミュラー・トルガウ、バッカスが挙がりましたが、その中で最もボディがのっていたのがケルナーです。」

北海道中央葡萄酒が栽培を委託する区画では、樹齢20年ほどのケルナーと、10年、25年、35年の3区画に分けられるピノ・ノワール、その2種のみが栽培されている。設立以来、中央葡萄酒が契約する農家は「木村農園」一軒のみだ。

「石灰岩が剥き出しだからミネラルが強い、といったような端的なストーリーで言い表せるものではありませんが、木村農園のピノ・ノワールは熟度が高く、骨格があって、なおかつ酸がしっかり残る。そこに魅力を感じています。」

ピノ・ノワールにこだわり、栽培を行わないからこそ醸造へ集中できる環境の中で、ワインに対するアプローチにも柔軟な姿勢が現れる。

「私たちは、発酵から醸し期間に関して長時間寄り添うことができます。その期間の中で、いかにワインをピュアに作ることができるかという姿勢が通底していると思います。」

除梗、浸漬、ピジャージュなど、醸造面のアプローチは、収穫された葡萄の状態を見て判断していく。

「あくまでも、そういった作業をすることが重要なのではなく、どういったアプローチをとるかというのを収穫に合わせてケースバイケースで判断していくことが大切だと考えています。」

一方で、特に2000年代前半、思うような収穫を得られない、思うようなワインにならない年が続いてきた。そういった厳しい状況の中、2000年代後半以降に、数度訪れた天候に恵まれたヴィンテージ。そういった謂わば「グレートヴィンテージ」を経験したことは、北海道中央葡萄酒へ確かな自信をもたらしている。

「北海道でヴィンテージに関するアベレージや、いわゆる通常のパターンは見えてきていません。その中でも特段喜びを感じるヴィンテージがありました。2008年であったり、2014年です。2019年もいいという人はいます。そういう機会を経験することで、可能性という言葉の中に、少しだけ現実味を帯びた喜びが得られるんですね。そういった中で、ボトムラインをどれだけその水準へ持っていけるか、そのために如何なるアプローチをとるか、ということへの物差しを作ることができたと思います。」

「また、気候変動が大きく起こっている中で、それを考慮した上でどういった手を打っていくか。
気候に恵まれた北海道の中で、思わぬ時に雨が降ったり、台風が来るようなことがありました。
そういったものへの対策をどうしていくか。それまでの経験も踏まえて考えなければなりません。」

2011年には、「北海道中央葡萄酒株式会社 千歳ワイナリー」として分社独立。自身も代表取締役へ就任した。

それを機に2012年からは、フラッグシップワイン「ピノ・ノワールプライヴェートリザーヴ」の生産を開始した。
熟成中のバレルサンプルから、官能検査によって優れた数樽を選抜し、ボトリングしたキュヴェだ。

試飲に出してくださったのは、 その2014年ヴィンテージ。 グレートヴィンテージのフラッグシップワボトルだ。
煉瓦色に傾いたピノ・ノワールは、未だ骨格に優れ、力のある香りと余韻が印象的。 大きなボウルのグラスにも耐える、ピュアでありながら充実したピノ・ノワールだ。

「理想は自分の作った最高のワインを飲みながら、地中海か山奥かで、隠居することです。無欲な状態で。でもまだ、いまはまだ欲があるんです。」

何かと人里を避けるような言葉が目立つ三澤さんだが、ピノ・ノワールに賭けるその「欲」は、静かな語り口の端々に窺える。
隠居の是非は別問題として、それにふさわしい出来のワインを仕上げ、我々のもとへ届けてくれる日が待ち遠しい。そうしたら、筆者も隠居しよう。

Interviewer : 人見  /  Writer : 山崎  /  訪問日 : 2020年9月8日

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