2021.07.21 更新

北海道・余市 登醸造

北海道・余市 登醸造

登醸造

小西 史明 氏

柔和な姿勢が見せる、スタイルを変えながらの試行錯誤


日本ワインコラム | 北海道・余市 登醸造

「お酒ももちろん好きなんです。毎晩、晩酌もしています。 でも、もしあなたが今生きていくうえで何かひとつだけを選ぶとしたら、それは何かと問われれば、俺は音楽なんです。」

好きなアーティストを問われた、登醸造の小西さんは突如として、目の色と声色と顔色を変えた。

登醸造 小西史明さん。ツヴァイゲルトの畑でも葡萄を慈しむ微笑みを絶やさないが。 ▲ 登醸造 小西史明さん。ツヴァイゲルトの畑でも葡萄を慈しむ微笑みを絶やさないが。

それまでの会話の中で沈んでいたということでは全くないが、「いやぁ、そういう話するの好きなんだよなぁ。」とはにかむ彼は、「恋バナ」を持ちかけられた女子高生さながらにキュンキュン、ウキウキしているように見えた。 なるほど。

ワイナリーのホームページに「音楽」というセクションが存在し、そこには小西さんが愛するアーティストたちの楽曲のビデオクリップが埋め込まれている。何の説明もないと非常に奇妙に映るが、そういうことだ。
リクオ、ハナレグミ、Ruben Gonzalez、真心ブラザーズ、YO-KING、Saienji、音楽に疎い私にとっては、凡そ聞いたことのないアーティストの名前が次々と発せられた。

音楽の話になった途端、表情が変わる。瞳が若返る。声が音色を帯びてくる。 ▲ 音楽の話になった途端、表情が変わる。瞳が若返る。声が音色を帯びてくる。

半ば呆然としていると、小西さんは自身のミュージック・ステーションで下車し、どこかへ行ってしまった。
「音楽が本当に大好きで、音楽に本当に救われて生きてきたような感じで、自分自身でも東京にいた時代にバンドをやっていましたし。」
音楽というものは、それを浴びるように聴いていた当時の気持ちや境遇をそっくりそのままフリーズドライするような機能を持っている。 特定の楽曲を聴いてしまうと、陰惨な気分になって急に胃に鉛を詰め込まれたような感覚を覚えたり、反対に体が軽くなって、普段は目もくれない空を仰いだり、抗うことのできない時間旅行を迫られる。

嬉々として、自身と音楽との関係性を語り始めた小西さんは、脳内で何かの楽曲を再生しながら目まぐるしいタイムスリップの旅に出た。彼が目の当たりにした旅の情景に併せて語られる内容や展開に脈絡や道しるべがないものかと探したが、どうにも見当たらない。そういえばあるタイプの楽曲の歌詞というのは、ピースを組み合わせるような構造ではなくて、ぐしゃっとしたナンセンスの集合から何かがにおい立つようなあり方をしていたりもする、ような気がする。


高校1年生の文化祭、ラフィンノーズ(laughin'nose)のコピーをやっていた先輩のステージに衝撃を受けた話。
当時砂糖水で髪を固め、パーマ液で頭皮を痛めつけていたイギリスのパンクバンドの影響を受けたがゆえに、毛穴に甚大なダメージをうけた話。
ラテン系音楽のファンの友人に誘われて行ったライブの最中、ステージに招かれて壇上の女性ダンサーと一緒に踊るように促されたが、素人だったためにふにゃふにゃとしかダンスが出来ず、それを契機にサルサバーでダンスを練習した話。
東京時代に墨田区の河川敷でコンガを叩いて練習していたら、通行人に石を投げられて、そいつを必死で追いかけた話。
北海道に来た途端、コンガを叩くのをすっかりやめてしまって、今は物置台になっている話。
『迷走王BORDER』で増毛材をつけて、ボブ・マーレーの「LIVE!!」を歌う主人公蜂須賀が好きで、レゲエ音楽も好きになった話。
私が唯一理解可能であった『BORDER』より言葉を借りるならば、「無為こそ、過激」ということになるのだろうか。 BLUE HEARTS と ボブ・マーレーが彩るデカダンワールドは、やはり過去の遺物か思い出のキーチェンくらいのものか。ともあれ、タイムトリップを終えた小西さんの現在を支えるのは、最新J-POPである。

昔の作品ほど価値が高いと考える、そういうやつっているじゃないですか。 俺自身も以前はそういう考えだったのですが、50歳を迎えて人間が柔軟になってきたせいか最近は、最新のものが心にしっくりきて。あいみょんとか米津玄師とか、最新ではないですが、aikoとか。あとはYOASOBIとか。Goosehouseとか。


50にして耳順というのは、恐らく10年早いが音楽の世界においては一般的なのだろうか。恐らくは時代の70s80sを知らない私にはわからないことなのだろう。清々しいアンビバレントだと感じる。音楽の話をしすぎたのは、私ではなく小西さんに責任がある。最早取材を通して終始音楽論を語っていただいたほうが、一貫性のある原稿になったような気がするが、不幸にもそうはならなかった。
音楽よりは好きではない、ワインの話に移る。

自社農園は見晴らしのいい開かれた丘の上に広がる。日差しを遮るものはおおよそ何もない。 ▲ 自社農園は見晴らしのいい開かれた丘の上に広がる。日差しを遮るものはおおよそ何もない。

元々は東京で会社員をしていて、農業団体に勤めていたんですよ。仕事の中で、いろいろな農家の所に行くと、彼らの生き方が楽しそうに思えました。そのうちに自分も農家になりたいと思うようになりまして、当時からワインが好きだったので、葡萄を造ることにしました。13年前かな、その時はワインの生産者は少なくて、生産量の問題もありましたから、10年後にワインを作ることを目標にしていたんです。そうしたら、余市がワイン特区になって、そこで2014年に酒造免許を取得しました。

2009年に余市に移住し、町内の農家での研修を終えたのちに、2011年より自社農園での葡萄の栽培を開始した。 余市登町、見開きの良い丘の上部、西向きの斜面には、1.9haの耕作面積のうち、1.6haにツヴァイゲルトが、0.3haにケルナーが植樹されている。

地上に立てば、葡萄と空しか見えない。好立地であることを強く感じさせてくれる。 ▲ 地上に立てば、葡萄と空しか見えない。好立地であることを強く感じさせてくれる。

うち1.2haほどのツヴァイは、ココファーム・ワイナリーに販売し、10Rワイナリーにて「こことあるツヴァイ」として醸造される。 自家醸造で仕込まれるのは0.4haほどの区画のみ。生産量はおよそ2,000本ほどである。自家醸造ワインは、基本的にロゼワインとして仕込まれるが、ヴィンテージによってそのスタイルは大きく異なる。

ブラッシュと醸しの比率を変化させ毎年異なるスタイルのワインを生み出すことを可能にするのが、いくつも並んだ小さめの醗酵槽。 ▲ ブラッシュと醸しの比率を変化させ毎年異なるスタイルのワインを生み出すことを可能にするのが、いくつも並んだ小さめの醗酵槽。

今の段階で決まったスタイルというものはないんですよね。長く経験のある平川ワイナリーさんやドメーヌ・タカヒコさんなどでは、すでにスタイルが決まっていて、それを磨き上げていくという段階にあるかと思いますが、私自身は色々なことを試していく時期にあると考えています。

元々は、ロワールの生産者ティエリー・ピュズラ(ル・クロ・デュ・テュ・ブッフ)の白ワインに強い影響を受けたと語る小西さん。

ツヴァイゲルトは実が詰まった房を造るので灰カビに侵されやすい。登醸造の葡萄は湿気が溜まらないよう、早い段階から除葉がなされる。 ▲ ツヴァイゲルトは実が詰まった房を造るので灰カビに侵されやすい。登醸造の葡萄は湿気が溜まらないよう、早い段階から除葉がなされる。

「本当は白ワインが好きなので、ツヴァイゲルトをブラッシュワイン(醸しをせずに搾汁するロゼワイン)にしていたんですけど、でも葡萄の皮の旨味に気づいてきまして。それを引き出すために年々醸しの割合があがってきて、その結果どんどん赤ワインに近くなって来ています。赤のほうがおもしろいんですよ、除梗するかしないか、ピジャージュの強さなど、段階的に調整できる要素が多いので。」

最新ヴィンテージの自家醸造ワイン「セツナウタ 2019」は、ブラッシュ60%、醸し35%、そこに5%のケルナーを加えて創り上げた。 ツヴァイゲルトでありながら、非常に瑞々しく、執拗に暗いところのない明快な味わいだ。

中濃ソース的なテクスチャーになることの多い?ツヴァイをフレッシュで瑞々しい質感に仕上げた1本。白が好きな人が造る赤(ロゼ)ワインという表現がしっくりくる味わい。 ▲ 中濃ソース的なテクスチャーになることの多い?ツヴァイをフレッシュで瑞々しい質感に仕上げた1本。白が好きな人が造る赤(ロゼ)ワインという表現がしっくりくる味わい。
「素晴らしき世界に今日も乾杯」▲ 「素晴らしき世界に今日も乾杯」

リクオというアーティストの「セツナウタ」というアルバムから取ったという点が、半分あります。あとは、どうしようもなく切ない気持ちになったとき、旅立つ友の宴に飲んで欲しいという思いがあります。

匂い立つような「こちら側」の側面を窺わせながら、同時に50代的な柔和な姿勢を持ってそこから解脱している小西さんのワインには、そんな彼の優しさ(というと陳腐に聞こえるが)が詰まっているように感じる。 まさに柔和な姿勢が見せる、スタイルを変えながらの試行錯誤が、セツナさを抱える人口の胸に染み入ることを願ってやまない。

音楽と違って100万再生できないことがちょっと物悲しいけれど。

Interviewer : 人見  /  Writer : 山崎  /  訪問日 : 2021年7月21日

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