2026.07.06 更新

島根・奥出雲葡萄園

島根・奥出雲葡萄園

有限会社 奥出雲葡萄園

代表取 締役社長 安部 紀夫氏

ワイン造りに至った経緯をアイデンティティとして胸に刻みつつ、品質向上に真摯に向き合うワイナリー

日本ワインコラム | 奥出雲葡萄園

島根県の南東部、広島県との県境に位置する雲南市木次(きすき)町にやってきた。出雲縁結び空港から車で約30分、スサノオノミコトによるヤマタノオロチ退治という出雲神話の舞台となった斐伊川の中流域にある。そんな悠久の歴史を感じながらドライブすると、「食の杜」と呼ばれる場所に到着する。標高150mの山間部にあり、フワッと視界が開ける気持ち良さが広がる。ここに居を構えるのが今回の取材先、日本で初めて低温殺菌牛乳を販売した木次乳業が手掛けた、1990年創業の奥出雲葡萄園だ。

ワイナリーの目の前に広がるブドウ畑。敷地が広く、写真一枚に全貌を収めることが難しかったので、二枚並べてお届けしたい。昨年とは打って変わって今年の梅雨は雨が多い。取材日も生憎の天気で、雨がざーっと降ったりやんだりを繰り返すことに。晴れたブドウ畑は元気をもらえるが、雨の日もしっとり美しい!
ワイナリーの目の前に広がるブドウ畑。敷地が広く、写真一枚に全貌を収めることが難しかったので、二枚並べてお届けしたい。昨年とは打って変わって今年の梅雨は雨が多い。取材日も生憎の天気で、雨がざーっと降ったりやんだりを繰り返すことに。晴れたブドウ畑は元気をもらえるが、雨の日もしっとり美しい!
▲ ワイナリーの目の前に広がるブドウ畑。敷地が広く、写真一枚に全貌を収めることが難しかったので、二枚並べてお届けしたい。昨年とは打って変わって今年の梅雨は雨が多い。取材日も生憎の天気で、雨がざーっと降ったりやんだりを繰り返すことに。晴れたブドウ畑は元気をもらえるが、雨の日もしっとり美しい!

「牛乳の会社がワイン…?」と頭の中に疑問符が浮かんだ読者も多いだろう。ワイナリー立上げ前から中心メンバーとして関与してきた社長の安部さんに創業の経緯、ブドウ栽培やワイン醸造で大事にしていることなどを聞いてきた。

今回お話をお伺いした社長の安部さんは、ワイナリー創業期の苦労から今の躍進までを支えてきた歴史の生き証人だ。 ▲ 今回お話をお伺いした社長の安部さんは、ワイナリー創業期の苦労から今の躍進までを支えてきた歴史の生き証人だ。

有機農法の延長線上にあったワイン用ブドウ栽培

奥出雲葡萄園について語る際に避けて通れない人物がいるー木次乳業創業者の故・佐藤忠吉氏だ。1962年創業の木次乳業は、1978年に日本で初めてパスチャライズ(低温殺菌)牛乳を販売した会社として有名であるが、佐藤氏は日本における有機農法の草分け的存在としも知られている。
佐藤氏が酪農を始めた1950年代は、農薬や化学肥料を多用することがよしとされていた時代。牧草も同様に栽培していたが、牛が病気がちになり、不自然な目の動きをするようになったそう。牛が食べる牧草の育て方に問題があるのではないかと気付き、有機農法に切り替えたところ牛の病気が激減し、牛乳の質も量も改善。以降、食と農の安全性を第一に、有機農法の取り組みを広げてきた歴史がある。

木次乳業HPより抜粋。奥出雲葡萄園の畑の前に立つ故・佐藤忠吉氏。 ▲ 木次乳業HPより抜粋。奥出雲葡萄園の畑の前に立つ故・佐藤忠吉氏。

その過程で出会ったのが、日本有機農業研究会の澤登晴雄氏だ。澤登氏はブドウの育種家で、日本葡萄愛好会を設立し、湿潤な日本の風土に合う山ブドウ系品種の栽培やワイン造りの普及活動をしていた。酪農を軸にしつつ、少量多種を有機栽培することを是としていた佐藤氏が澤登氏と意気投合するのは自然な流れだったのだろう。1980年代半ば頃には、木次乳業の社員と近隣の複数の農家で澤登氏が開発した山ブドウ系の生食用とワイン用ブドウを栽培することに。そして1980年代後半には町おこしに繋がるとの考えから、ワイナリー設立の話に発展していくのだ。

ワインのいろはを知らない中で飛び込んだワイン造り

今回インタビューした安部さんは、島根大学農学部(当時)を卒業し水産加工会社で数年間働いた後、1987年に木次乳業に転職。牛乳生産ラインに配属されて3年ほど経った頃、試験栽培した山ブドウ系品種が収穫を迎え、突如ワイン造りに指名されたそうだ。安部さんの素質を見抜いた上での大抜擢と言えるが、言われた本人はさぞかし驚いただろう。

無理難題もこんな素敵な笑顔でサラリと乗り越えられてきたに違いない。 ▲ 無理難題もこんな素敵な笑顔でサラリと乗り越えられてきたに違いない。

会社の動きも早いし、安部さんの切り替えも早い。1990年、木次乳業の100%子会社としてではなく、地元のブドウ農家2軒、清酒会社1社、酒販店2社からの代表者と木次乳業の専務(当時)の6名による有限会社として奥出雲葡萄園が設立され、安部さんは出向という形で在籍することに。会社という箱ができても中身が伴わなければ前に進めない。安部さんは島根の研究機関で簡易的な試験醸造を行った後、1990年に東京の国税庁管轄の醸造試験所(現、広島の酒類総合研究所)で1年間研修を受け、山梨県勝沼の丸藤葡萄酒工業でも半年間の実技研修を重ねた。そして1992年に奥出雲葡萄園に戻り、同年に製造免許を取得したそうだ。怒涛の3年を経て漸くスタートラインにつくことになったのだ。安部さんとパート1名という本当に小さな船出だった。

「高品質ワイン」のあるべき姿を求めて

奥出雲葡萄園が最初に植えたのは、澤登氏が開発した山ブドウ系の交配品種(小公子、ブラックペガール、ホワイトペガール、ワイングランド)だ。湿潤な気候でも有機栽培が可能と見込んで選択された。
「山ブドウ系品種でワインを造る」という社命を受けた安部さんだったが、徐々に考えを変えることになる。「ブドウ栽培、ワイン醸造技術が飛躍的に向上した今では、生食用ブドウや山ブドウ系品種から質の高いワインがたくさん造られていますが、1990年前後は景色が全く違って、山ブドウ系品種では美味しいワインはできないと言われていました」と安部さんは振り返る。研修先の醸造試験所や丸藤葡萄酒工業でも、いいワインは欧州系品種から造られると定説のように語られ、甲州ブドウが主流だった山梨でも、意欲的なワイナリーが欧州系品種の栽培に挑戦し始めていた頃だった。安部さんは、「山ブドウ系品種だけでワイン造りをしていても、高品質ワインのあるべき姿が分からないのではないか…」と悩んだ末、研修から戻った1992年にシャルドネとカベルネ・ソーヴィニヨンを植えることを決めたのだ。
「もともとお酒も弱いし、25歳くらいまではほぼ晩酌もしていなかった」と言う安部さん。ワイン造りの社命を受ける前は、ほとんどワインを飲んだこともなかったのだろう。当時の安部さんはブドウ栽培やワイン醸造のプロになるべく、一歩を踏み出した段階。にもかかわらず、社内にも周辺地域にも頼れる人がおらず、自分の肩に未知の世界が重たくのしかかっている。「高品質ワインのあるべき姿」を近くに置いて指針としたいという気持ちが痛いほどによく分かる。

清濁併せ呑むことで見えてきたワイン造りの軸

有機農法の延長線上にあったワイン造りなので、「山ブドウ系品種を有機栽培し、ワインを造る」というのが当初のコンセプトだった。しかし往々にして理想と現実にはギャップがある。確かに日本の自然環境の中で生き延びてきた山ブドウを交配した品種なので、欧州系品種に比べて高温多湿の環境に強く病気になりにくい。しかし、全く病気にならないという訳ではない。
「無農薬もしくは殆ど農薬を使わないような栽培を続けましたが、山ブドウ系品種も病気になるのです。畑の半分がダメになったこともありました」と辛い過去を振り返った上で、「木次乳業の歴史を考えると、有機やビオディナミでブドウを栽培して、醸造の過程でも人為的介入を減らしたナチュール系のワインを造るべきかもしれないですが、各所での研修を経て、手法に重きを置くのではなく、品質の高いワインを造ることが一番大事という考えに至りました」と安部さんは言う。
高い理想を追い求めトライアンドエラーを繰り返すことも一つの回答かもしれないが、厳しい現実を踏まえ、実行可能な形に落とし込むために理想に微調整を加えることもまた正だ。安部さんは、清濁併せ呑むことで前に進む決心をしたのだ。

伝統と近代が融合する畑

割合は減っても山ブドウ系品種の栽培は続く

創業当初は、農協が所有していた小さな建物を譲り受けて最小限の設備で醸造していたが、1999年に食の杜に移転した。ここは元々原野化していた土地で、近くの農道整備の過程で出てきた土の運搬先として選ばれ圃場として整備された場所だ。この場所への移転を決めたタイミングで食の杜と名付け、ブドウの苗木を植えていったそうだ。全体で7haある敷地のうち、圃場の広さは3ha、うち2haでワイン用ブドウが栽培されている。奥出雲葡萄園が管理する自社畑は他もあり、全体としては計6ヶ所、3.5haに及ぶ。尚、食の杜には複数の事業者が集まっており、3haの圃場の中には澤登氏が開発した生食用ブドウ(ブラック・オリンピア)を栽培するブドウ農家もいる。

側面に水色のネットが張られているビニールハウスでは生食用のブラック・オリンピアが育つ。それ以外は全てワイン用ブドウが栽培されている。 ▲ 側面に水色のネットが張られているビニールハウスでは生食用のブラック・オリンピアが育つ。それ以外は全てワイン用ブドウが栽培されている。

今回訪問した食の杜の畑では欧州系品種が多く栽培されていたが、自社畑全体で見れば山ブドウ系品種の栽培割合は増え、全体の1/3程度を占めるそうだ。
<栽培中の品種(下線が山ブドウ系品種)>
・白ブドウ:シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・グリ
・黒ブドウ:カベルネ・ソーヴィニヨン、ピノタージュ、ランブルスコ、小公子、ブラックペガール、ワイングランド

有機物を活かした土造り

奥出雲葡萄園では除草剤は一切用いない。草生栽培しつつ、伸びた草は刈って土壌に戻している。また、土壌改良の観点では牛糞堆肥やぼかし肥料などの有機物を用い、化学肥料は使っていない。牛糞堆肥と聞いて、もしや木次乳業のものを使っているのでは?と気になり聞いてみたところ、「ストーリー的にはそのほうがいいのかもしれないですが(苦笑)、牛糞を堆肥化するのは時間も労力もかかりますし、きちんと発酵させないと肥料にならないので、別に入手しています」とのこと。嘘はつかずに出来る範囲で真摯に対応する。安部さんの非常に正直なお人柄が透けて見えた。尚、ぼかし肥料を用いる際は、米ぬかや魚粉などの材料を自社で混ぜて作るそうだ。

除草剤を用いず、草生栽培する畑の様子。 ▲ 除草剤を用いず、草生栽培する畑の様子。

できる限りの対策をした上で科学の力に頼る

年間2,000mm程度は雨が降るそうで、雨対策は必須だ。食の杜の畑は、造成時に大まかに暗渠を設置した上で、畑の状態を見つつ必要に応じて追加設置し水はけのよさを確保している。ブドウ栽培の過程で農薬は使用するが、出来る限りの対策をした上で最低限の使用に留めている。その上で雨よけは一番重要な対策だ。シャルドネやソーヴィニヨン・ブランなど、垣根栽培のものは垣根全体に開閉式雨よけビニールを被せる「マンズレインカット」を採用。東日本のワイナリーではブドウの実ができ始めるタイミングでビニールを掛けることが多いが、奥出雲葡萄園では他の多くの西日本のワイナリー同様、萌芽の前にビニールを掛けることで、雨対策を行っている。尚、この地域は冬に雪も積もるそうで、雪の重さで雨除けガードが壊れないよう、冬の間はビニールを剥がすそうだ。

マンズレインカットが施された垣根栽培の畑。 ▲ マンズレインカットが施された垣根栽培の畑。
奥出雲葡萄園のインスタ投稿より。雨除けガードが外されているのと、ブドウ畑に雪が降り積もっている様子が良く分かる。 ▲ 奥出雲葡萄園のインスタ投稿より。雨除けガードが外されているのと、ブドウ畑に雪が降り積もっている様子が良く分かる。

一方、「これが現時点で一番いい方法だと思っている」と安部さんが教えてくれたのが、ピノタージュの畑。8年前に自社畑の一角で試験栽培を始めたところ栽培環境に合うことが分かり、4年前に食の杜の畑で追加栽培し始めたものだ。こちらは垣根と棚を組み合わせた一文字短梢の栽培方法で、畝の上にトンネル被覆のビニールを被せている。フルーツゾーンの位置が高く、地面の湿気や雨の跳ね返りが当たりにくいので、垣根栽培よりも病気の発症を抑えられる。しかも棚の位置が高いので、腰をかがめる必要がなく作業負担が少ない。「ただ、一長一短あって…。畝全体にビニールがかかっているのでビニールで蓋をしたような状態になって温度が上がりやすいのと、棚の位置が高い分、夏の高温時にはビニールに近い部分の葉や実がかなり熱されて、葉が焼けたり実に高温障害が起こったりすることもある」と、包み隠さず話してくれた。こういう難しさは認めつつ、ビニールとビニールの隙間に飛び出た葉っぱに少し病気の兆しがある一方、ビニールの下にある乾いた葉っぱが健康そのものなのを安部さんは見せつつ、雨に当たらないという利点が優っている旨を説明してくれた。百聞は一見に如かず。目の前のブドウの様子に納得させられる。

安部さんが立って作業できる程の高さで仕立てられた棚栽培のピノタージュ。 ▲ 安部さんが立って作業できる程の高さで仕立てられた棚栽培のピノタージュ。
ビニールとビニールの隙間にある葉っぱのうち数枚が茶色く変色し病気の兆しがあるが、それ以外は健全そのもの! ▲ ビニールとビニールの隙間にある葉っぱのうち数枚が茶色く変色し病気の兆しがあるが、それ以外は健全そのもの!

急ピッチで進む気候変動への対応

とにかく夏の暑さは厳しさを増している。日中の暑さに加え、夜温の下がらなさも問題だ。例えば、研修から戻ってすぐの1992年にカベルネ・ソーヴィニヨンと共に欧州系品種で初めて植えたシャルドネ。「植えてみて分かったのですが、シャルドネは実は育てやすい品種でした。今では赤ワインの小公子と並んで、シャルドネを白ワインのフラグシップとして販売しているほどです。ただ、ここ10年の夏の暑さは想像を超えるもので、病気や果実の傷みが出るようになり、決して育てやすいとは言えない品種になってきています」と苦しい胸の内を明かしてくれた。「シャルドネに代わる品種がないか、これから試験栽培などを通じて探していきたい」とのことなので、今後の研究についてもどこかでお話を聞いてみたい。

フラグシップのシャルドネは様々なスタイルで仕上げられている。 ▲ フラグシップのシャルドネは様々なスタイルで仕上げられている。

黒ブドウの多くは、夜温が下がらないためにアントシアニンが生成不良となり、着色不良が目立つようになってきているそう。中でも、シャルドネと共に植えたカベルネ・ソーヴィニヨンは、ウイルスの発生も原因の一つとはしつつ、着色不良が目立つ。カベルネ・ソーヴィニヨンに代わる品種を見つけるべく複数品種を試験栽培した結果、期待を寄せているのがピノタージュだ。着色の良さに加え、しっかりと熟す上に酸落ちしにくい品種として、現在の赤ワインのフラグシップである小公子に並ぶ高評価。今後、販売本数を増やす予定だそうだ。

ブドウ房のいくつかの粒が色づき始めているのが分かる。今年も暑い日が続いているが、着色が無事に進むことを祈るばかりだ。 ▲ ブドウ房のいくつかの粒が色づき始めているのが分かる。今年も暑い日が続いているが、着色が無事に進むことを祈るばかりだ。

小公子は着色の良さ、糖度、酸度ともに自信のある品種だが、手のかかるカワイイヤツでもある。早生品種で芽吹きも収穫も早い。奥出雲葡萄園では8月中旬に収穫を迎えるので、台風や秋雨を心配する必要のない嬉しい品種だ。一方、萌芽が早く脆弱な新芽が霜で被害を受けるリスクが高い品種でもある。そのため、霜のリスクがある日は夜中の2時くらいから明け方にかけて、おかきが入っているような缶に灯油を入れ、グラスウールで作った芯に火を灯したものを5m間隔で並べて新芽を守るそうだ。気候変動を語る場合、夏の暑さを想像しがちだが、暖冬で芽吹きが早くなってから起こる遅霜による被害も甚大だ。こういう手間暇を惜しまないからこそ、安定的に高品質なブドウが収穫できるのだろう。

奥出雲葡萄園HPより。寒い早春の夜中でも休むことなく作業されているとは…。本当に頭が下がる思いだ。 ▲ 奥出雲葡萄園HPより。寒い早春の夜中でも休むことなく作業されているとは…。本当に頭が下がる思いだ。

奥出雲葡萄園のワイン造りの軌跡を感じる醸造所

現在、奥出雲葡萄園では毎年約50トンのブドウから約5万本のワインを製造している。原料の半分は自社畑、1/4が契約農家(地元3軒+鳥取1軒)、1/4が岡山、広島、長野等からの買いブドウだ。奥出雲にある自社畑と地元の契約農家3軒で育ったブドウで造られるワインは「奥出雲ワイン」として、その他の産地のブドウで造られたワインは「杜のワイン」として販売中だ。醸造所の設備や醸造のスタイルには、奥出雲葡萄園の出自や安部さんのワイン造りの歴史が表われている。具体的に見ていこう。

醸造所に隣接するワイン販売所。地下にはギャラリーや樽貯蔵庫がある。 ▲ 醸造所に隣接するワイン販売所。地下にはギャラリーや樽貯蔵庫がある。
販売所内には様々なラインナップのワインが販売されている。 ▲ 販売所内には様々なラインナップのワインが販売されている。

品質を上げるために必要な介入は行う

前段でも述べた通り、ワイン造りにおいては手法ありきではなく品質に重視を置くことを決めた安部さん。そのため、醸造の過程でも必要な介入は行う。例えば、補酸や補糖。ブドウがしっかり熟したタイミングでの収穫を優先するため酸が落ちやすい傾向にある。そのため、白ブドウは補酸し、糖度が足りないと判断した場合には補糖も行う。そんな中、小公子とピノタージュは、よっぽどの天候不順がなければ補酸も補糖も不要とのこと。安部さんが手ごたえを感じているのも納得だ。
収穫されたブドウは酸化や腐敗の発生を抑えるため、いったん保冷庫で冷やしてから除梗・破砕、発酵へと進む。発酵に当たっては培養酵母を用い、亜硫酸塩も添加する。自然酵母や亜硫酸無添加を選択した場合、不安定な発酵に繋がるリスクが増すからだ。ここでも品質の良いワインを安定的に造りたいという安部さんの意図がくみ取れる。

牛乳用のタンクが並ぶ醸造所

発酵タンクのラインナップが非常に面白い。ワイナリーでよく見るステンレスタンクと共に並ぶのは、日本酒用の開放型ホーロータンクと牛乳用のステンレスタンク!日本酒用のホーロータンクがワイナリーに並ぶのは日本ならではの景色だろう。数は少ないがいくつかのワイナリーでも採用されている設備だ。だが、牛乳用のステンレスタンクを使うワイナリーを見聞きしたのは初めて!

左奥に並ぶのは日本酒用の開放型ホーロータンク。右奥に並ぶのが牛乳用ステンレスタンク。 ▲ 左奥に並ぶのは日本酒用の開放型ホーロータンク。右奥に並ぶのが牛乳用ステンレスタンク。
牛乳用のステンレスタンクが並ぶ様子。 ▲ 牛乳用のステンレスタンクが並ぶ様子。

「資金が潤沢にあるのであれば、ワイン用のステンレスタンクの方が使い勝手はいいのは事実」と安部さんはざっくばらんに話してくれたが、この景色は唯一無二!考えてみれば、ワインの歴史は紀元前まで遡り、最新鋭の設備なしにワインは造られていたのだ。ワインの懐の深さや順応性の高さを改めて感じる。牛乳用のステンレスタンクは、木次乳業の伝手で廃業した牛乳会社から輸送費だけで譲り受けたものだそう。確かにワイン用のステンレスタンクに比べると機能性は劣るが、冷却装置が備わっているし、ワインの澱を抜くことのできるのみ口もある。それに、満了貯蔵または余白にガス充填を施せば、ワインの酸化も抑えられるスグレモノなのだ。

地域と共にあるワイナリーだからこそ

有機農法に端を発しブドウ栽培が始まり、地域起こしに繋がると考えてワイン造りに至ったという歴史があるからこそ、複数の補助金をうまく活用しながら、地域の発展に寄与するという大きなミッションに応える形でワイナリーは運営されている。

補助金の元手が別なこともあり、醸造所と樽貯蔵場所が別棟となっている。確かに作業効率は下がるが、訪問客の視点に立つと嬉しい仕掛けも。樽貯蔵がある建屋は農村の交流を意識して建てられたため、樽貯蔵室やワインの試飲販売所がある他、ギャラリーも併設されている。毎月展示が変わるギャラリーでアートを楽しみつつ、ワインが樽で眠る様子を見た上でワインを試飲・購入できるのだ。尚、樽は全てフレンチオークで、現在80本ほど所有しているそう。白ワインではシャルドネを6‐7ヶ月程、赤ワインは一部の小公子を除き8ヶ月程樽熟成をしているそうなので、秋から春にかけてワイナリー見学すれば、実際にワインが眠っている様子を見られるだろう。

樽貯蔵庫の様子。樽熟成が始まるこ頃には手前の瓶が片付けられ、樽は一段で整列する。 ▲ 樽貯蔵庫の様子。樽熟成が始まるこ頃には手前の瓶が片付けられ、樽は一段で整列する。
訪問時はギャラリーで似顔絵展が開催されていた。 ▲ 訪問時はギャラリーで似顔絵展が開催されていた。

瓶詰後のワイン貯蔵庫も補助金をうまく活用して造られた建屋だ。醸造所内が手狭になったのと温度管理がしやすい場所を求めて建てただけあり、広々したスペースは7月上旬に訪問した時でもエアコンなしで21℃になっていた。夏場はエアコンを入れて18℃位に保たれるそう。補助金を活用する上で島根産の木材を使用することが条件としてあったそうで木造建築。貯蔵庫は温度管理がしやすい二重扉構造で、建物に入ってすぐの小スペースは島根の木材が壁材として使われている。

貯蔵庫の様子。建物の中にドアがあり、二重扉構造なのが分かる。ドア右側が建物に入ってすぐの小スペ―ス。 ▲ 貯蔵庫の様子。建物の中にドアがあり、二重扉構造なのが分かる。ドア右側が建物に入ってすぐの小スペ―ス。

無機質になりがちな醸造所に自然物が入ると癒しの効果が!そして、この小スペースが想像以上に使い勝手がよいそう。断熱効果が素晴らしいので、冬場は家庭用のヒーターを使えば、この省スペースだけを暖かくすることができ、瓶内二次発酵やマロラクティック発酵を促すのに役立っているそうだ。

有機農法を目指すところから始まったワイン造り。「有機農法×山ブドウ系品種」という当初のコンセプトから少し軌道修正を加えつつも、有機農法の根幹となる「食の安全性」や山ブドウ系品種を選んだ理由である「自然との共生」という基本姿勢は変わらない。自然との共生を意識した土造りや品種選びを行い、手の届く範囲でブドウを育て、品質を重視したワイン造りを続けているのだ。この30年に亘る地道な積み重ねによるものだろう。日本ワインコンクール2025の欧州系品種白部門で「奥出雲ワイン シャルドネ 2023」が金賞を受賞したことは、安部さんにとっても嬉しいニュースだったに違いない。

敷地内にあるガーデンカフェ。店内に着席してもブドウ畑の様子が見える。
敷地内にあるガーデンカフェ。店内に着席してもブドウ畑の様子が見える。
▲ 敷地内にあるガーデンカフェ。店内に着席してもブドウ畑の様子が見える。

「食の杜という場所でワインを造れることはありがたい」と安部さんは言う。山の中で広大な敷地を確保できているワイナリーは限られている。食の杜は生涯「百姓」という肩書で通した木次乳業創業者の佐藤氏の思いが詰まった場所だ。百姓とは百の作物をつくる人。核となるものはありつつ、様々な技術や学問を駆使しつつ多種多様なものを作り出す人間だ。食の杜はそういった百姓が集まる共同体として機能することを目指して造られた場所で、奥出雲葡萄園だけではなく、パン屋や豆腐屋、カフェなどが集まっている。「お客さんにも是非この場所に来てもらって、この環境を満喫してもらいたい」と安部さんは言う。地元の食材で作られた料理と奥出雲葡萄園のワインが合わない訳がない。奥出雲の景色を眺めながら、ワインと料理を楽しむ。これぞ最高のマリアージュだ!

安部さん、お忙しい中貴重なお話をお聞かせ下さり、ありがとうございました! ▲ 安部さん、お忙しい中貴重なお話をお聞かせ下さり、ありがとうございました!

Writer : 山本  /  Photographer : 大石悠貴  /  訪問日 :  2026年7月6日

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